2012年の総選挙は何をもたらしたか

¿Qué resultaron las elecciones generales del fin de 2012?



■ 久万高原の抒情詩と国会正門の叙事詩

2012年暮れの衆議院議員選出を含む総選挙を前にして、小沢一郎の動きはあわただしく、突然の路線変更は驚きと同時に大きな疑問を呼んだ。路線変更といっても、ここでは政治姿勢の変更では勿論なく、彼一流の組織替えのことである。つまり、彼が党首を務める新党「生活が一番」を急きょ解散し、旧党全員がこれまた新党の「日本未来の党」に合流するという決定のことを指している。小沢自身は新党では、無役の1党員として行動すると決まった。

小沢の支持者から見れば、選挙の行く末に靄の様なものが漂っていたが、彼等にとっては支持の活動あるのみであった。未来ーといっても2週間後には結果が出るのであるがーは、大きな未知を含んでいる、今日の働きが明日を切り開く、という考えに、多くの支持者が傾くのも当然であった。そこでは、既得権益(支配者といってもよい)を代表するマスコミの「自民党、圧勝。未来等を含む第三極、惨敗。」のニュースも悪魔のささやき、悪意に満ちた世論誘導にしか見えなかった。

小沢一郎の選挙期間中の動向を追って見ると、序盤戦と終盤では、大きく心境の変化、判断の変化が透けて見えるような気がする。

愛媛県上浮穴郡久万高原町の町役場前
12月3日(月曜)、小沢一郎は、選挙に向けての街頭演説の第一声を彼一流の「川上」から始めた。場所は、愛媛県上浮穴郡久万高原町の町役場前であった。町役場前には演壇代わりに例の「みかん箱」が置かれていた。小沢は車で到着すると、歩いて町役場前に向かった。そこに至る広場は、黒集りの人で溢れかえっていた。小沢は握手攻めにあい、顔面笑みが溢れている。
やっと演壇に立つと、大きな声で
「みなさん、こんにちわ。」
ちょっとトーンを落とし、落ち着いた声で、
小沢一郎で、ございます。」と、第一声を発した。
いつもの聞きなれた彼の語り出しであった。声に驚くほど張りがあり、50人近くの聴衆は大いに沸き、喜びの声で応えていた。「わーい、おざわさーん!」という声が、方々から起こってくるのである。

彼の演説は自信に満ちていた。第三極といわれる「維新の党」を槍玉に上げ、既得権政党の主張と変わらないではないか、という点を突く。「日本未来の党」こそ、官僚支配の既得権政党を向こうに回した第二極に他ならない、と強調するのであった。選挙戦に突入する直前の路線変更に、もちろん自信があってのことである。既製マスコミのいわゆる「小沢つぶし」も、もちろん念頭においていたに違いないが、そのことには一言も触れることはなかったのである。この演説を聴く限り、小沢党つまり「日本未来の党」の善戦を感じさせた。

その後、一週間ほど彼の行動は、聞かれなくなる。再度マスコミに登場したのは、12月10日(月曜)東京であった。東京スカイツリーの下で街頭演説を行った。ここでも大いなる自信をのぞかせていたが、久万高原町の時と微妙にトーンが違っていた。しかしそれは、明確に言葉で表現できないほどの違いでしかなかった。

さらに、12日(水曜)、日本外国人記者クラブ主催のインタビューに応じた。ここでは落ち着いた質疑応答が交わされていて、外国人記者に小沢の近況を直に知ってもらうのにはいい機会であった。小沢は丹念に質問に答えていたし、小沢の顔にも充実感が漂っていたのである。このインタビューで、特に印象的なのは、外国人記者は日本の既製マスコミと異なり、小沢の人格とその政治的実力に十分な敬意を持って応対しているということである。この落差は一体何なんだろうかと、このビデオを見れば誰でも思うだろう。

国会正面前の恒例の反原発集会での街頭演説
毎週金曜日夜は、「首都圏反原発連合」(Metropolitan Coalition Against Nukes)主催の反原発「金曜日デモ」が国会周辺で行われている。この団体は、周知のように「7.29脱原発国会大包囲」デモで頂点に達した反原発デモの立役者である。インターネット上ではこの7月時点の市民デモに参画するよう、小沢に呼びかけが行われた。しかし、彼は、その時は参加しなかったのであった。

14日(金曜)夜7時。選挙戦の終盤に来て、小沢はやっと「金曜日デモ」に現れ、国会正面前の演壇に立ったのであった。小沢に対するで集会参加者の熱気はすごいものであった。
「オザワ、オザワ、オザワ…」の大合唱が暗闇の中で巻き起こる。
彼が演壇に立つと、オザワ・コールの中でいっせいにフラッシュがたかれる。まるで、彼が反体制で反原発の市民デモの闘士であるかのような印象を受けてしまう。もし彼が、あの運動が盛り上がった7月時点で先頭に立っていれば、そうなったであろうし、反原発の市民デモの在りり方も大きく違ったものになっていたであろう。


14.12.2012.島崎ろでぃ撮影

しかし、この日の小沢の演説は長いものでも熱気のこもったものでもなかった。連日の遊説旅行のせいであろう、声は既に、かなりしわがれていた。参加者の熱気とは裏腹に、彼の演説の内容は苦渋に満ちたものであった。あえて新党「日本未来の党」を立ち上げて臨んだこの総選挙で、第一の争点であるべき「脱原発」が選挙の争点になっていない(つまりならなかった)というのである。だから「諸君は、今日、明日、できる限り脱原発の声を広げて欲しい」という要請であった。

小沢はこの時点までに選挙の敗北を認めていたと言えるだろう。この間、何があったのか解らない。しかし、彼は、選挙結果を十分意識していたはずだ。投票日は2日後に迫っていたのだから。この集会と小沢の演説を聞いた私は、国会周辺の暗い夜道を地下鉄「永田町」駅まで歩いて帰ったが、高揚感のまったく湧いてこない自分を発見していたのだった。

資料:
久万高原ビデオ(06.12.2012)
https://www.youtube.com/watch?v=pHMAXdlRAOo
国会前ビデオ(14.12.2012)
https://www.youtube.com/watch?v=wYu4md3HMO8



■そして哀歌

2012年年末の総選挙は終わった。リベラル派にとって思いもよらない敗北であった。リベラル派といっても色々存在するが、ここでは小沢派の惨敗のことを指している。

政治は表面上は勝負の世界である以上、敗北はつきものである。敗北は失意を呼ぶ。こんな時、すぐ次のテーマに飛びつきたくなる。あるいは、情勢が停まることを許さないという言い方もある。現に年末にかけて,小沢派には、あわただしい動きがあった。「未来党」の分党から「生活党」への組織移動など。その中で、小沢は目立った動きをしていないし、多分できないのだろう。
いずれにせよ、負けは負けであり、その失意を噛みしめることは、意外と大事なのではないかと思う。次の展望はそこからしか生まれてこない。


言ってもせん無いことであるが、選挙の実施方法に介在した「不正」への疑念そして怒り、さらに虚脱感が多くのリベラル派に漂っていることは間違いない。「間違いない」とは、あやふやなと思われるかもしれないが、確かめようがないのだ。小沢派こと旧「未来の党」の支持者にとって、インターネット上での討論、組織化の誘い投票集計などが主なツールだったからだ。これは重要なツールであることは間違いないが、アクセスして初めて知れる仮想空間であることが忘れられがちだった。小沢一郎も、「次の選挙はインターネットを利用した闘いになる」という認識を示していたが、それでよかったかどうか。敗北の理由は、これから様々に分析され議論されるだろうが、その一端は、インターネットへの過信にあったともいえるだろう。

資料:
嘉田由紀子森ゆうこ代表、小沢一郎 3者記者会見 (2012/12/28)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/47026



■ 現実世界と「仮想空間」との問題

「インターネットへの過信」について、もう一言いっておきたい。「アラブの春」が革命たりえたのは、インターネットを利用したからではない。市民の間の情報拡散が権力によって厳しく妨害されていた。その妨害をかいくぐるり連絡網を構築するツールとしてtwitter, facebookが有効だったということである。当然のことであるが、革命を成就したのは、市民が武器を持って物理的に立ち上がったことにあるのだ。そこを誤解してはいけない。

インターネットは、もとより核攻撃による命令系統の破壊を想定して米軍内で開発されたものであった。つまり、軍隊の所与の命令系統が保持が前提になっていて、その部分的な破壊があっても迅速に全体を回復させるためのツールに他ならなかった。ちょっと状況は違うが、「アラブの春」でのインターネットの利用は、その意味でインターネットの初期の目的に合致したものであったといえよう。

さらに、忘れられがちなインターネットの特徴について触れておきたい。インターネットは元来、現実の世界から見れば、「仮想空間」にすぎない。その技術は細部にわたって進歩してきたし、これからも進歩し続けるだろう。そのために「仮想空間」は、ある意味で時空を超えて圧倒的に拡大してきたことは確かである。しかし、将来、全ての人がインターネットでつながるようになる、とまことしやかに言われているが、それはちょっとおかしい。ゲーム機等の普及によって、現代の情報世界は仮想領域と現実領域が同居していて両者の境が判然としなくなった、と平然と主張している論者がいるが、それはよくある「進化主義」であり、妄想に過ぎない。日本で言えば、小泉-竹中流の「新自由主義」と同レベルの妄想だと断じることができる。

仮に、全ての人がインターネットを利用するようになったとして、はたして、それが現実世界を動かすことに繋がるのだろうか? インターネットによる情報は、物理的情報、―ここでは新聞、ラジオ、テレビのことー とは異なり、interactiveだといわれる。仮想空間でのinteractiveな行為、これが実は問題なのだ。社会的意思形成には説得と強制が必要であり、物理的情報は、かつてはそれに十分対応しえてきたと思う。にもかかわらず、仮想空間でのinteractiveな行為者には、のっぴきならない説得などできない相談だ。いやならば抜ける、あるいはパソコンを切るということになり、彼等を集団的意思形成にもっていくのは難しい。そのことは自明なことだ。

また、インターネット、携帯電話の普及にともなって、「つながっていたい…」とか「つながる社会」などの表現が氾濫するようになった。新しいものに飛びつきたがる学者などが、そのことを口にすると、何かそのこと自体に価値があるかのような錯覚が生じてくる。これらは、明らかにネットワークの構築、あるいはその中に身をおいていることを自己目的とし、そこに新しさを見つけようという態度に他ならない。つながってどうしようというのだろうか。手段を目的化した行為から何も生まれない。やはり、「つながる…」という表現は,携帯電話、インターネット機器メーカーの販売戦略から生まれた言葉以上の何ものでもないのだ。

目先をちょっと変えよう。かつて、「流行歌」、はやり歌といったものがあった。通りを歩いていても、家の中に居ても、あるいはショッピングモールを恋人と散策していても、どこでも聞こえてくる歌があった。聞き耳を立てなくても聞こえてくる歌、そんな歌があった。それも時代の風をうまく歌い上げていて、口ずさみたくなるような歌だった。そのようなはやり歌は、かつて、ほとんどラジオから聞こえてきたし、テレビの「歌謡番組」から聞こえてくるものだった。今はそれがない。

多分、ソニーウォークマンに皆が飛びついた頃から、それがなくなったような気がする。全ての歌がジャンル分けされ、このジャンルのこの歌を聴きたい人は、皆さんヘッドフォンでこっそりどうぞ、という具合に。これこそが、共同意識の形成が細分化され、個別空間あるいは分断された空間に押しやられた瞬間ではないのか。

分断された世界に何を盛り込もうと現実を動かす力は生まれてこない。その細分化された世界の一つが肥大化したのが、現代のインターネット上での政治ブログだといえないだろうか。集団的意思形成とは、ここではもちろん、国民の政治意識の形成をさしている。インターネット上での政治談議が、ヘッドフォン化している限り、物理情報に勝てるはずがないのだ。「インターネット政党」の立ち上げよう声があるが、ちょっと安易過ぎる気がしてならない。


■「自主ラジオ局」

「インターネットの力」をどう利用するかにかんして、ここで、私見を述べてみたい。小沢がことあるごとに言っている、「民主政治のもとは、選挙です。民意が政治を決める」ということは確かに正しい。しかしというか、あるいは勿論というか、「民意」とは細分化された諸個人の集合のことではない。当然のこととして、組織化された共同意思が民意であって、その複数の民意の闘いが選挙であり、または政治的示威行為である。つまり「民意」は自然発生するものではなく、指導する者とそれに賛同する者との間で形成されていく力学関係であるはずだ。

既製マスコミの強みは、ここに、つまりある意味で強制的に(あるいは、だましの手口を使って)世論誘導を行えるという点にある。それが危険な方向であろうが国民のための方向であろうが、物理的情報を牛耳っているものは、それができるということが重要なのだ。マスコミの垂れ流す情報を「洗脳」とか、はたまた「マスゴミ」「売国奴」などとインターネット上でいくら批判しても何の意味もない。そのような批判で、洗脳から覚めた人がどれだけいるのだろうか。その声は現実世界には届かないのだ。既製マスコミがインターネット世論をほとんど無視する理由もここにある。

小沢の支持者を自認するなら、小沢の政治的主張の正しさと政治家としての資質などを、既製マスコミの向こうを張って、物理情報として発信していく意外にない。ちょうどはやり歌が、聞き耳を立てなくても知らないうちに聞こえてくるようにして、核心的な主張、有効な情報を物理的に流すことだ。繰り返し、繰り返し、はやり歌が街を流れるように。

自由報道協会」(FPAJ)というのが数年前に設立された。一時期その存立が危ぶまれたが、今は大きな役割を果たしている。これも物理情報に果敢に挑戦した勇者に値する。私が提案したいのは、「自主ラジオ局」を創設することだ。物理的に電波を送信することだ。しかし、番組作成と広域ネットの構築には、インターネット技術が大いに役立つはずだ。ラジオはローカルメデアの特質を背負わされているが、インターネットを利用すると、その限界を脱することができるのではないか。いろいろな障害があろうが、挑戦して見たい。インターネット上の「ラジオ局」ではだめである。

いずれにせよ、音声メデアは、ビジュアルより訴える力が強く、受容され易い特質を持っていると思われる。この点については、本ブログの2011-07-05の記事が参考になる。
Nuevas posibilidades de radiodifusión en los países desarrollados(2011年07月03日「東京新聞」のコラム「太郎の国際通信」<捨てたものでないラジオ>の西訳記事)


今回の記事は、心踊るものではありませんでした。しかし、避けて通ることができないし、望遠鏡を逆さに見るようにして、これまで使ってきたインターネットの世界をのぞいてみたいと思い、敢えて書いて見ました。


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ある小沢支持者の声:
以下にあげるものは、ブログ「阿修羅」のコメント欄(2012/12/22-23)より抜粋した小沢一郎支持者あるいは理解者の声である。とても気になる見方なので、ここに引用する。

(引用)
28. 2012年12月23日 09:48:35 : Nu7pm52mzY
今回の小沢さんの決断には国民の生活が第一では勝てない読みもあっただろうが、自分が先頭に立っている限り、子飼いも支持者もなかなか自立しない悩みもあったろうと思う。
衆院選が4年後なら小沢さんはもう出ない。
「日本は確実に怪しくなっているのに、もう自分の時代ではない。それなのに、後を託せる人間が育っているのか」
この危機感の中で、日本という国を愛し、国民を愛し続けてきた人間小沢の引き際が始まる。もしかしたら、嘉田さんとの約束はそういうことかも知れない。
オイラも小沢さんに前面に出てほしい一人。
しかし、「小沢氏を要職に起用しないなら一緒にやっていけない」も残念な言葉だと思う。なぜ、政策の旗のもとで国民のために命懸けで尽力しようとしないのか。このブログ(「さらば、嘉田”未来の党”・・・新党『生活党』の旗揚げを待つ。」稗史倭人伝)の話といい、ここまで来て小沢さんに依存するのは、小沢さんの願いを否定することだとも思う。だから、選挙に負けたのだとも言いたい。

掲載場所:
ブログ「阿修羅」 http://www.asyura2.com/12/senkyo141/msg/615.html




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