今、「インド太平洋構想」はどうなっているのか

今や保守派の政治集団の中で、「うらぎり」がハヤリになっている。それも陰湿で巧妙な「うらぎり」が多い。新参の参政党の内紛しかり、自由民主党においてもしかりで、後者の場合は現岸田首相が首謀者であり、そのあとに前外相並びに現外相がならぶ。

 

昨年 -私は入院中であったが- 安倍晋三氏が、日本の古都の奈良で暗殺された。しかし、その真相は解明されていない。その彼が打ち立てた構想が「自由で開かれたインド太平洋構想」であった。彼は首相在任期間に、米国、インド、オーストラリアの各国議会で演説してこの構想を披瀝していた。そして長期政権になるに及んで、価値観を共有する先進国同士の対中包囲網の基本構想として「インド太平洋構想」を打ち立てた。安倍の構想は、広い影響力を持ち、世界の基本構想にまでなって、それに基づくあらたな同盟関係も形成していった。

 

安倍が打ち立てたこの金字塔は、日本の歴史の中で有史以来のことである。もちろん明治維新を凌駕しているといえる。しかし、他面で、大きなアンバランスが存在する。一つには、日本自身のアンバランスであって、日本は相変わらず連合国の支配下から抜け出せないばかりか、自縛的にその支配を振り払っていないという事態である。もう一つは、うかうかしている間に、世界がすでに再び「戦争の時代」に突入しているという事態である。

 

このような時期に、日本政治の金字塔である「インド太平洋構想」が裏切られようとしている実態を知ることは大事だと思われる。

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安倍氏の「インド太平洋」を消した岸田首相 

元(安倍政権)内閣官房参与谷口智

2023/12/17

 

「自由で開かれたインド太平洋」という概念が、日本外交の辞書から消えた。誰かが宣言して消したのではない。岸田文雄首相や林芳正前外相、上川陽子外相らが言わなくなって、ロウソクの火が消えるごとく隠微に消えた。

 

代わって最近では、中身はまるで異なるけれども語感の近い言葉が流通している。そのせいか、すり替わりに気づかない人は専門家にすら少なくないようだ。

 

「自由で開かれた」と、枕詞は同じ。続けて「国際秩序」を言うのが岸田政権流である。今年1月の国会における林氏の外交演説などに用例がある。今や首相の国会演説(10月)に「自由で開かれたインド太平洋」への言及は皆無だ。

 

安倍晋三元首相が打ち出し、米国はじめ海洋民主主義国の多くが喜んで唱和した「自由で開かれたインド太平洋」は、英語表記の頭文字でFOIPと呼ばれるのが常である。「国際秩序」 -インターナショナル・オーダーなら- FOIOとなるが、こんな表記はみたことがない。本邦でしか使われていないガラパゴス用語である証左だ。

 

「インド太平洋」という用語で、インド洋と太平洋を結合し政治経済・軍事的働きかけの対象としたのは,安倍氏が初めてである。それ以前多く言われた「アジア太平洋」だと、成長著しいインドを取り込めず、中国と米国の2大国に目が行き過ぎる。安倍氏がインド洋を名称に入れたのは、インドの民主主義的成長に日本の未来を託した投資行為だった。その戦略眼が、ワシントンやインド政府筋で評価を集めもした。

 

空間を政治的に把握する概念道具を日本が創り、世界に与えた事跡として歴史に名を刻んだはずだったのに、本家はもう看板を下ろし、そのことに米国やインドはまだ気づいていない。

 

インドと海洋空間に当てたシャープな商店が消えると、用語はあたかも特別な専用品から、ありきたりの汎用品になった。

 

遠く離れたウクライナでも論じるなら有用かもしれないが、面白がったのは北京だろう。「中国をけん制するのが安倍の動機だったはず。頼みもしないのに岸田は角をとってくれた」と。

 

中国には種々の制裁が加わっている。米国が旗を振るこの体制を、北京は法の支配に悖り、不自由かつ閉鎖的秩序と思っている。岸田流用語には両手を挙げて賛成であろう。これは岸田氏から北京へのひそかなサインなのか。しかし、中国から見返りはないはずだから、日本の腰が急にフラつくわけを北京も解しかねているかもしれない。

 

こんな用語の変更を官吏が独断でしたとは想像しにくい。安倍カラーを消したい意欲が首相において強いのだとするとさもしい話ではないか。

 

出典

産経新聞 2023.12.17 一面「日曜コラム」

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