2014年「年末総選挙」: これは一体何なんだ?


■ 元来、今回の「年末総選挙」は、憲法に反した非立憲主義の政治ショウである。まず選挙風を吹かせた張本人は、NHKと読売新聞だった。その時、安倍首相は日本にいず外遊中だったのだ。これが謀略であったかどうかはわからない。このような姑息な手段を労した挙句、「憲法7条解散」に打って出たのである。これこそが「謀略」と呼ぶにふさわしいものだ。

「アベノミックスの信を問う」とか、「集団的自衛権容認の閣議決定の是非を問う」とか何とかもっともらしい理由を述べている。しかし、現政権の対立勢力が選挙体制に入れない四分五裂の今を利用して、選挙に勝利し「国民の信任」を背景に、より強硬なファシズム化を推し進めようとしていることは、容易に見て取れる。もちろん、これに有効な歯止めをかけられない野党はだらしない。

このような謀略を仕掛けらてた時、有権者の私達のとれる道は、2つに1つだ。第一は、「選挙」そのものを批判し攻撃することであり、第二は、しかし投票行動によらなければ我々の意志は表現できないとして、苦しいけど支持候補者を探す道である。どちらに理があるということではないと思われるが、多分、両者の選択の間には、「民主主義」そのものに対する理解に違いがあるだろう。しかし、今は、その点は問題にしない。

筆者は、今回に限り「選挙ボイコット宣言」を早々と掲げたので(facebookにて)、第一の道を選んでいることになる。どちら道を選ぶにしても、投げやりな「ニヒリズム」にだけは陥らないよう気を配ばろうとお互いにエールを送りたい。

しかし、それは多分、杞憂だろう。日本には、本当に深刻な(ニヒリズム)は育たないのだ。中世の昔から、日本には断絶した「お上」と「下々」の人々がいて、下々の人々はお上を敬うふりして軽くあしらい、自らはどっこい生きてきたのだ。今もそれは変わらないにもかかわらず、「平等社会」を信奉する論者は、「下々」の人の振る舞いを、ニヒリズムと呼びたいらしい。しかし、それは言葉の遊びにすぎない。


■ ところが、忽せにできないことが1つ2つある。一つは、この「謀略」の内実がどこまで進んでいるのかを掘り下げおくことである。以下の天木直人氏のコメントは示唆的である。

 「テレビ報道に文句をつけた安倍自民党」の暴露が意味するもの(続)
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 これはとても深刻な事だと思うので、再度書きとどめておきたい。

 昨日11月28日の東京新聞朝日新聞の記事で私は知った。安倍自民党政権が衆院解散を正式に発表する前日の11月20日に、在京のテレビキー局各社に対し、衆院選の報道にあたって、「公平中立、公正の確保」を求める文書を送っていたという事を。これほど露骨な権力のメディア介入はない。

 しかし、介入されたテレビ各局は、怒るどころか、一切その事を報じ なかった。いや、隠していたのだ。

 そして、そのような介入の文書が発出されて一週間ほどたって、事も あろうに自民党筋からのリークによって新聞が知ることになり、11月 28日の東京新聞朝日新聞が書いた。 

だから私はその事実を知ってメルマガで書いた。安倍政権のメディア介入はあってはならないことだ、と。しかし、それにもまして思ったのは、これほどメディアが安倍政権支持にの偏向報道してきたというのに、まだ足りないというのか、少しでも批判的な報道をすると目くじらを立てるとは、なんと臆病な政権であるか、と。 メディアが絶対服従しない限り安心できないと言わんばかりの、脆弱な安倍政権の正体見たりだ、と。そして私は書いた。そんな脆弱な安倍政権を倒せない野党は、なんと不甲斐ない野党であ るかと。こんなあからさまな安倍政権のメディア介入であるのに、なぜメディアは騒がないのか、メディアはもっと不甲斐ない、と。

 そう書いてから一日がたった。

 そして私は今回の安倍政権のテレビ各局へに政治介入の根深さを、あらためて知った。そして、空恐ろしさを覚えた。どうやら本件に対する私の認識は甘かったようだ。

 これだけあからさまなメディアに対する政治介入が明らかになったというのに、なんと、それを問題視するのは、東京新聞朝日新聞だけだったのだ。

私はきのうから今朝にかけてのテレビ局の反応を見ていたが、本件を報じるテレビ局は皆無だ。それは当然だろう。政府に口止めされて隠していたわけだから、それがばれて恥をかいた。恥の上塗りをするはずがない。しかし新聞はそれを知った。だから新聞はメディアの矜持として各紙が書きたてるだろうと思って いた。

 ところが、どこも後追い報道をしない。それどころか、この問題をきょう11月29日の社説で取り上げたのも、また東京新聞毎日新聞だけだった。

 そしてハタと気づいた。

 そういえば、安倍政権のテレビ介入の事実を書いたきのうの新聞は、東京新聞朝日新聞だけだったのだ。つまり安倍政権の広報誌のような読売、産経は当然として、毎日も日経も、このあからさまな安倍政権のテレビ報道介入の事実を知りながら、書かなかったのだ。新聞各社は皆知っていた。その中で、あえて問題視し、書いたのが、わずか東京新聞朝日新聞だけだったという事なのだ。

 もしこの権力介入をメディアが一斉に取り上げ批判すれば、間違いなく安倍政権は選挙で窮地に追い込まれる。

 しかし、テレビが沈黙を守り、それを問題視する大手新聞が東京新聞朝日新聞だけであれば、国民の大部分は知らないままだ。何事もなかったかのように安倍政権に有利な選挙宣伝が進んでいくこ
とになる。メディアぐるみの安倍政権への選挙応援ということになる。

 この国のメディアの劣化はおそろしいまでに安倍政権に従属してしまっている。

 事態は我々が思っている以上に深刻である (了)

天木直人メールマガジン2014年11月29日第1199号)


追加-続報(2014.12.02)

  メディアへの介入は当然だと言った安倍首相とそれを見逃す新聞
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 今度の解散・総選挙ほど時間の無駄はない。

 だから私はメディアが競って流すマニフェスト党首討論など、まったく関心が無い。

 しかし、この発言だけは見逃せない。

 きょう12月2日の東京新聞が、見落としそうなほど小さな記事で教えてくれた。

 12月1日の党首討論で、自民党が在京テレビ局に、衆院選の報道の公平性確保し、内容に配慮するよう求める文書を出したことに対し、安倍首相は次のように「問題はない」との考えを示したというのだ。「日本には放送法がある。公平、公正な報道は当然だ。公平、公正にやっているなら、何の痛痒も感じる事はない」と。

 見逃す事の出来ない暴言だ。

 報道は権力の介入から公平、公正でなければいけない、という本来の趣旨を牽強付会して、自民党の介入は当然の申し入れだと開き直る。これが一国の総理の発言だ。しかも選挙の最中に行われた暴言だ。

 本来ならばメディアは大騒ぎをしてこの暴言を追及しなければならない。

 しかも、この暴言は、オフレコ発言でも内輪の場での発言でもない。選挙期間中の党首討論という公開の場で行われたのだ。

 それにもかかわらず、わずか東京新聞だけが、見落としそうな小さな記事で書いただけだ。あたかも何事もなかったかのごとく、大手新聞はこぞってなかった事にしている。

 この国のメディアはすっかりおかしくなってしまった。

 このままいけば日本はとんでもない国になる(了)

(天木直人メールマガジン2014年12月2日第1127号)


■ 忽せにできない2つ目は、「組織票」と呼ばれる犯罪まがいの「死に票」の山のことである。かつて労働組合自民党地元票などがそうであったし、現在もそれは広範に残っている。しかし、今一番の問題は、政権与党にしがみつく公明党の宗教票のことである。

これは、選挙技術のように言われているが、とんでもないことである。宗教という情緒的・精神的縛りが投票行動に働くことは、投票が抽象的な「市民」の行為ではなく,生活人の行為であるかぎり、大なり小なりあるだろう。しかし、公明党の組織票はそれとは意味が異なる。

"SILENT MAJORITY" と "NOISY MINORITY" という表現が政治の世界にはある。ともに権力者側からみた国民の分類方法だ。しかし、"NOISY MINORITY"に分類される市民運動サイドから見ても、国民の間にこの2つの類型存在は歴然とあると実感できる。これは、じつに悔しいことだ。市民運動は、もとより自分たちのMINORITY的勢力ををいかにMAJORITYにすることができるかにその目的の一端はあるはずである。そのための戦略と情熱を必要とする。もちろん、これといった確実な戦略など簡単に建てられるわけではないし、運動が影響力が増せば増すほど、権力からの分断と妨害が大きくなる。しかし、市民運動には、人々の「良心とか公共心」、あるいは「愛国心」に訴えかけると理解してもらえるし、人々を動かすことができるかもしれない、という希望がある。

公明党を始めとした選挙の際の「組織票固め」には、このような希望が初めから無い。反民主的行為だと言わざるをえない。言い足りないことは山ほどある。しかし、さらなる詳論は、またの機会に譲ろう。






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