第二次大戦参戦を廻るある政治演説会風景

チャールス・リンドバークは、宮崎駿監督の大好きな航空機の揺籃時代に、アメリミシガン州デトロイトで生を受けたスエーデン系移民の子であった。彼は天才ハダの多才さと冷静な判断力の持ち主だったようで、自由に様々なことに手を染めているが、仕事は飛行機乗りに徹していた。しかし、僕の言い方をすれば、すべての点で現場主義者であって、研究室に閉じこもる学究肌ではなかった。

そんな彼が成し遂げたものの中から特筆すべきものを挙げれば、二つあろうか。第一は、何と言っても1927年5月にSpirit of St.Louis号で敢行したニューヨークとパリ間の大西洋単独無着陸飛行であろう。当時、この出来事は欧米特にパリでで大きな反響を呼び世間を賑わわせたようだ。戦後周知のように、この飛行は日本語タイトル『翼よ! あれが巴里の灯だ』という題名で映画化され、世界的に再認識されるようになった。第二の事柄は、日本ではあまり知られていないが、太平洋戦争開戦直前、米国の大戦参戦を巡る議論の中で彼が取った政治的活動である。この活動は、当時必ずしも彼に名声をもたらすものではなく、むしろ逆に、彼は批判の的になることが多く、ルーズベルト大統領が繰り出す参戦への時流を押し止めることができなかった。

知っての通り”America First"を掲げて登場したのは現トランプ大統領だが、この言葉はもちろん彼の造語ではない。実は、F.ルーズベルトの第一期大統領期間中、リンドバークを中心として「アメリカ第一委員会」なるものの活動が注目に値する。もちろんこれは、米国の伝統である国際的孤立主義を背景にしたものであるが、第二次大戦へ参戦するかどうかで盛り上がっていた当時の米国言論界で、America Firstをスローガンにしたことに意味がある。このことは、70年のタイムスパンを経過して、現在同じ状況が再現しているとみることができる。

ヨーロッパで第二次世界大戦が勃発した後、共和党員であったリンドバーグアメリカの孤立主義とドイツの政策に対する支持者となり、各地で講演を行っていた。1941年1月23日にはアメリ連邦議会で演説し、ドイツと中立条約を結ぶべきと主張した。リンドバーグ孤立主義者の団体である「アメリカ第一委員会:America First Committee」の主要なスポークスマンであり、1941年9月11日 --日本軍の真珠湾攻撃の3か月前にあたる-- のアイオワ州デモインでの演説では、イギリス人とユダヤ人がアメリカに連合国側での参戦を働きかけていると述べた。この発言にユダヤアメリカ人が反発し、フランクリン・ルーズベルト大統領はリンドバーグアメリカ陸軍航空隊での委任を解除したのだった。以下の引用は、リンドバーク自身が語る演説会の風景である。

この中でうかがえることは、フランクリン・ルーズベルト大統領がリンドバークなどの孤立派を決して無視しえなかったこと、それゆえに日本を敵として参戦に引きずり込むための謀略を一層押しする必要があった姿が見えてくる。

1941年9月11日:アイオワ州デモインにて
(フランクリン)大統領は能弁家であり、群衆を感奮させる才能にたけているだけに、今夜の集会はわれわれにとりかってないほど不利な舞台装置であった。大統領が能弁家だとあえて言うのは、その国民的な人気を言ったまでのことで、自分の受けた印象ではない。大衆的な人気から言えば、ルーズベルトはおそらく当代随一の演説家だろう。1932年に彼のラジオ演説を二つ聴いたあと、この人物は信頼がおけぬと思い、アメリカ合衆国大統領にしたくないと断じたのであった。その結果、自分はフーヴァーに一票を投じた。フーヴァーには能力と誠実があるが、かかる時代の国家に最も必要なリーダーシップの火花に欠けると思った。

ルーズベルトはまずナチスを攻撃し、かれれが船舶まで撃沈する点に触れつつ、アメリカの利益に必要とあればどこででも敵の軍艦を一掃すべしと合衆国海軍に命令を下したと結んだ。演説が終わって一分もたたないうちに幕が開き、われわれは壇上に並んだ。一斉に拍手とヤジを浴びる ーこれまでになく最も非友好的な群衆であった。.....

女流作家フェアバンクス夫人が演説の一番手であった。極めて困難な状況にもめげず、夫人は立派にやってのけた。ほどなくしてわれわれは聴衆に耳を傾けさせ、支持者の拍手や歓声が反対派の絶叫を圧倒し始めた。自分は25分間喋った。私が演説を終えるころには、聴衆の80パーセントがわれわれを支持しているかに思われた。もっとも、自分の番が来る頃には前の演説者により充分に雰囲気は盛り上がっていたのであるが、私が戦争扇動者として三つのグループ−−イギリス人、ユダヤ人、そしてルーズベルト政権—を挙げたとき、全聴衆が総立ちになり、歓呼するかに見えた。

Charles A.Lindbergh “The Wartime Journal” 1970 訳本「孤高の鷲−−リンドバーク第二次大戦参戦記」上(学習研究社、学研M文庫)より

/*